【週刊ノリスケ】 ロープウェイと食堂車の意外な関係

弥彦山ロープウェイ

このタイトルを見ただけで、どこのロープウェイの話かピンと来た人は、鉄道に関係する会社に詳しい人ですね。

弥彦線の終点である弥彦駅の近くにある弥彦神社は、新潟県を代表する神社で、高い格式と万葉集にも歌われたという長い歴史を持っています。この神社の裏にそびえる弥彦山に、1958年4月に開業したロープウェイがあります。それが、今日取り上げる弥彦観光索道が運営する弥彦山ロープウェイです。全国のロープウェイでも、早い時期に開業した歴史の長いロープウェイです。山頂から南を見ると、ふもとの弥彦神社や広大な新潟平野を望むことができ、北側を見れば日本海が広がります。越佐海峡の対岸にある佐渡島も見えます。春から秋までなら、山頂近くまで弥彦山スカイラインを使い、車でも登ることが出来ますが、スカイラインが冬季通行止めになるとロープウェイの独壇場です。

さて、会社名の弥彦観光索道にある「索道」とは何でしょうか?これは、ロープウェイやリフトを意味します。正確には「架空索道」といい、空中に張ったロープを線路とする輸送機関を指します。目にする事は少ないですが、法令や会社名などでは使われています。例えば、ロープウェイ・リフトメーカーには、安全索道や東京索道という会社がありますし、鉄道事業法ではロープウェイやリフトなどを「索道事業」と表記しています。

では、この弥彦山観光索道と食堂車にはどのような関係があるのでしょうか? 実は、同社は上野、神田などで手広く食堂を営業していた聚楽の関連会社なのです。聚楽の創業者が新潟出身という縁からロープウェイ建設の協力を求められ、これに応えての会社設立となったようです。

その一方、1962年から上野~新潟間の急行1往復に連結された食堂車の営業を聚楽が担当しました。食堂車といえば日本食堂が担当することが多く、この区間でも同時にデビューした電車特急「とき」の食堂車は日本食堂が担当しました。その後、急行の電車化によって、食堂車はビュフェに代わりましたが、「とき」の増発により、聚楽は特急の食堂車営業にも参入しました。レストラン営業の経験を生かして、食堂車で始めて中華料理を出すなど日本食堂とは一味違ったサービスを展開したそうです。さらに、1982年の上越新幹線開業によって、新幹線のビュフェ営業を開始しました。新幹線のビュフェが廃止された現在では、関連会社の聚楽ティ・エス・エスが上越新幹線で車内販売を行っています。

聚楽が手がける他の事業には、都内や関東近郊の温泉地に展開するホテル事業があり、こちらで聚楽の名前を記憶されている人も多いでしょう。筆者もホテルを利用した事があります。しかし、その経験がありながらも聚楽の名前で連想するのは、ビュフェや食堂車です。そのため、弥彦山ロープウェイに行ってもビュフェや食堂車を思い出してしまいます。

鉄道会社やバス会社などの系列会社が経営するロープウェイやレストラン、ホテルは多くありますが、食堂車の営業や車内販売をしていた会社の傘下にあるロープウェイは珍しいですね。

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