【週刊ノリスケ】 梅小路入りした明治の旅客用機関車

1070形蒸気機関車1080号機

京都にある梅小路蒸気機関車館といえば、1972年に鉄道開業100周年の記念として、当時の国鉄が開設した蒸気機関車の展示保存施設です。代表的な国鉄蒸気機関車16形式17両を集めて開館しました。国鉄民営化後は、JR西日本が引き継いで運営しています。JR西日本の運営となった後、同社が広島で静態保存していたC62形1号機が加わり、16形式18両の保存となっていました。

蒸気機関車保存施設が具体化した時点で、現役であった形式を中心に選定されたため、いわゆる近代機と呼ばれる比較的新しい世代の形式が揃えられました。歴史的な価値が高い形式で国鉄自身が保存する蒸気機関車は、交通博物館(現・鉄道博物館)、交通科学博物館、青梅鉄道公園で保存され、梅小路蒸気機関車館にはありませんでした。

ところが、このたび新たに古典機が保存される事になり、今年7月に搬入されました。それが、日鉄鉱業から寄付を受けた1070形蒸気機関車1080号機です。9月14日に譲渡式が行われ、正式にJR西日本へ引き渡されました。その翌日となる9月15日からは、一般公開されています。

この機関車は、1901年にイギリス・ダブス社から輸入したD9形651号機を原型とする車両です。D9形は、イギリス・ネルソン(ニールソン)社の設計した旅客用の機関車で、明治後期の東海道本線における主力機関車として活躍しました。安定した走行を行うため、機関車の前方に配置される先輪を2軸とし、高速を出せるように直径を大きくした動輪を2軸配置するという形態は、明治時代の旅客用機関車では多く用いられています。このD9形では、動輪の直径が1542mmと、この時代では特に大きいことが特徴です。

さて、このD9形651号機は、形式の付け方を変更したことに伴って6270形6289号機となりました。その後、より大型の機関車が登場して第一線を退いてから、機関車の後に石炭や水を積んだ炭水車(テンダー)を連結するテンダー式から、機関車の本体に石炭や水を積むタンク式に改造が行われることになりました。1926年に行われた改造によって、1070形1080号機と改番されます。その後、1939年には日鉄鉱業赤谷鉱業所(新潟県)へ払い下げられ、さらに同社羽鶴鉱業所(栃木県)に転籍して、国鉄から蒸気機関車が引退した後の1979年まで現役でした。

ただし、現役と言っても最後の10年ほどは、ディーゼル機関車の予備が任務で、ほとんど走ることはありませんでした。予備として使うのに問題はないか確認をするために、ときどき試運転が行われていたのですが、「古典機走る」と蒸機ファンの間で話題となるような状況でした。引退後は、日鉄鉱業の車庫で大切に保管されていたそうですが、非公開であったので見る機会はありませんでした。

このような貴重な機関車が公開されたことは、非常に喜ばしいと思います。これまで梅小路蒸気機関車館に保存されていた一番古い機関車は、1914年・・・つまり大正3年製の9633号機と8630号機でしたから、1901年・・・明治34年に輸入された1080号機が加わることで、明治・大正・昭和の三代を代表する主力機関車が揃ったことになります。また、館内で体験乗車用に運転する機関車は定期的に交代するほか、写真が撮りやすいように屋外で展示する機関車も時々変えられますので、何回通っても飽きません。まだ行かれたことがない人も、一回行ったら十分だと思っている人も、1080号機が加わったのをきっかけに行かれてはどうでしょう。

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