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【週刊ノリスケ】 宇和島駅前の複製蒸気機関車
四国にある予讃線の終点・宇和島駅前には、この写真のとおり小型蒸気機関車が展示されています。ただし本物の保存機関車ではなく、実物大の復元モデル・・・つまり複製品です。外観だけの複製品とはいえ、細部までこだわって再現され、事情を知らなければ本物の保存機関車と間違えそうです。 この機関車のモデルは、宇和島で開通した最初の鉄道である宇和島鉄道が使用していた、ドイツのオーレンシュタイン・ウント・コッペル社製のものです。宇和島鉄道は、現在の予土線宇和島~吉野生間を建設した軽便鉄道で、JRが使用する1067mm軌間(左右のレールの間隔)ではなく、762mmというナローゲージを採用していました。そのため、実用的な鉄道としては、かなり小型な機関車となっています。当時、コッペル社の機関車は、軽便用を中心に全国各地で輸入されていました。 この機関車の展示が始まったのは2000年のことです。「宇和島城築城400年祭記念 鉄道唱歌誕生100周年事業」の一環としての企画でした。同年には、この展示開始の他にも、さまざまな鉄道関係のイベントがありました。まず、ゴールデンウィークに宇和島運輸区構内で、松山市内の民間会社が製作した「坊ちゃん列車」のレプリカ機関車の試乗会が行われました。11月には予讃線松山~宇和島間で、C56形蒸気機関車牽引の臨時列車が運転されています。このような状況で始まった展示ですので、機関車の前にある説明板にあるボタンを押すと、鉄道唱歌のメロディーや蒸気機関車の走行音を聞くことができます。 さて、なぜ「鉄道唱誕生100周年」と宇和島が関係あるのでしょう? 「汽笛一声新橋を」ではじまる鉄道唱歌は、多くの方がご存知でしょう。全国の鉄道沿線の情景を織り込んだ、第1集から第5集まで334番まである長い歌です。そのメロディは国鉄の車内放送用オルゴールなどにも使われましたので、耳にされた方も少なくないでしょう。しかし、宇和島との関係をご存知の方は少ないかもしれません。実は作詞者である大和田建樹は、宇和島藩士の子息として生まれ、宇和島で育ったそうです。 大和田建樹は1910年に没したそうですが、宇和島鉄道の開業は1914年です。つまり、故郷を走る鉄道の姿を見ることはありませんでした。そのためか、鉄道唱歌には宇和島どころか四国も登場しません。しかし、宇和島は、大和田建樹にとって縁のある地であることは間違いないでしょう。 本年9月13日付の記事でも書きましたように、宇和島に至る車窓風景は美しく、宇和島周辺の南予地方は自然が豊かで、すばらしい景観です。また、日本有数の清流である四万十川流域への入口でもあります。宇和島に行く機会があれば、この複製機関車も忘れず見学してください。 余談ですが、機関車のバックに写っているビルは、ホテルが入居している今の宇和島駅ビルです。線路側の部屋からは、宇和島駅構内を見下ろすことができるそうです。 トラックバック
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