“贅沢禁止”から生まれた祭ずし~岡山駅・桃太郎の祭ずし【後編】

桃太郎の祭ずし岡山といえば桃太郎伝説の地。さらに祭り寿司が伝わる地。この2つを名前に取り入れた「桃太郎の祭ずし」ほど、岡山らしい駅弁は他にないかもしれません。



そもそもなぜ「岡山=祭り寿司(ちらし寿司)」なのか?時は江戸初期に遡ります。



備前を統治していた池田光政(戦国武将・池田輝政の孫にあたる人物)が、藩の財政難を危惧してさまざまな倹約令を出したそうです。ここまでは、よくある話。「名君」と呼ばれたお殿様ほど質素倹約を旨としていますからね。事実、光政は水戸藩主の徳川光圀、会津藩主の保科正之と並び、「江戸前期の三名君」と呼ばれているほどです。



光政は庶民や武士に対し、質素な食事を奨励しました。いわゆる「一汁一菜」です。穀物と汁もの、そしておかず1品の食事。確かに質素な食事はカラダに良いとはいいますが、毎日毎日一汁一菜ではゲンナリしてしまいますよね。そこで、このお触れに対抗すべく、魚や野菜を細かくしてご飯と混ぜ合わせて「一菜」とみなした。それがちらし寿司の原型になったともいわれています。なんだか一休さんの「とんち」みたいですね。



それから、倹約令のさなかであるため、酢飯に多種多彩な具を乗せたら、一旦ひっくり返す。そうすると具はご飯の下に隠れてみえませんよね。お触れの通り質素なものを食べておりまする・・・とはぐらかすことができた。これが今でも岡山名物として伝わる「返し寿司」の起こりです。なんだか一休さんの「とんち」みたいですね。



また、お祭りの際に神輿やだんじりを出したり、派手なお囃子をするのも慎むように、というお触れもあったとか。これじゃあお祭り気分に浸ることなどできやしません。そこで、せめてご飯だけでも華々しく・・・と考えて、お祭りの際のちらし寿司が年を追うごとに豪華になっていったそうです。中にはちらし寿司ひとつに大金をはたく豪商も現れたとか。



桃太郎の祭ずし「桃太郎の祭ずし」を手掛ける三好野本店さんでは、この由来にちなみ、駅弁名を「ちらし寿司」「ばら寿司」ではなく「祭ずし」とした、とありました。なるほど、納得です。



そんな岡山では、8月2日(土)・3日(日)の2日間に渡り「2009年 おかやま桃太郎まつり」が開かれます。駅弁「桃太郎の祭ずし」とともに、今年の夏は岡山へ出かけてみてはいかがですか。

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