『駅弁ひとり旅・こぼれ話』 83話

注文の多い料理店弁当
 

今回は宮沢賢治の故郷、花巻が舞台ね。
私、賢治の作品、大好きなんだ。

 

菜々


大介

『銀河鉄道の夜』かい?

菜々 : うん。銀河鉄道も好きだけど、一番好きだったのは、『雨ニモマケズ』よ。あれは
    小学校6年生の時だった。学校の帰りに急に夕立になって、傘もってたんだけど、
    風も強くて、バンザイしちゃって、ずぶ濡れになっちゃったの。もう、泣きたくなっ
    たけど、その日の国語の授業でね、「雨ニモマケズ、風ニモマケズ……」って習っ
    たこと思い出して大声で朗読したら、不思議なことにとても元気になっちゃった!

大介 : 菜々ちゃん、子供のころ、そんなことがあったんだ。それは強烈に印象に残るよね。
    『雨ニモマケズ』は、1931年ってことは、賢治が亡くなる2年前の作品だよ。

菜々 : たしか病気で、37歳という若さで亡くなったのよね。

大介 : うん。だからこそ『雨ニモマケズ』には本当に魂が籠ってるんだよ。

菜々 : 宮沢賢治さん、元気をくれてありがとう!

大介 : コホ、どういたしまして!

菜々 : 大ちゃんじゃ、ないってば!

大介 : それじゃ、花巻駅の名物駅弁、その名も『注文の多い料理店』を食べようか。
    元気でるよ!

菜々 : 『注文の多い料理店』って、山猫軒だっけ、ちょっと怖いストーリーよね。

大介 : そうそう、食事に来たのに、逆に食べられそうになる話だよね。
    結構強烈なブラックユーモア。

菜々 : 『雨ニモマケズ』とはずいぶん印象が違うわね。

大介 :年代が違うからね。『注文の多い料理店』は1924年、賢治がまだ20代の作品だよ。

菜々 : そのころの花巻には列車が走ってたの?

大介 :1890年に東北本線が盛岡まで開業しているから、1896年生まれの賢治は生まれたと
    きは、もう身近に列車が走ってたんだよ。けれども、1912年、賢治が16歳の時に、
    花巻から土沢峠まで「岩手軽便鉄道」が開業している。もっとも多感な時期に新し
    い鉄道と出会ったわけだね。

菜々 : 軽便鉄道って?

大介 :ごく簡単に言えば、線路の幅が狭くて車両の小さな、まさに軽便なる鉄道だよ。

菜々 :狭軌のこと?

大介 :とっても狭軌。つまり新幹線や私鉄の一部は標準軌(1435ミリ)、JR在来線
    が狭軌(1067ミリ)、岩手軽便鉄道はそれ以下の762ミリだったから狭軌の
    下だね。

菜々 : とっても狭軌ってことは、超狭軌ね。その超狭軌鉄道を眺めながら賢治は『銀河鉄
    道の夜』を創作したんだね。

大介 :そうだよ。いまごろは、きっと、あの星空を走る「銀河鉄道」に、ジョバンニやカ
    ムパネルラたちと一緒に乗っているよ。





    
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駅弁ひとり旅 第6巻

【監修】櫻井 寛
【作画】はやせ 淳
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