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5人のうちのひとりは「日本鉄道の父」~下関駅・長州ファイブ【後編】
彼らは日本では「長州五傑」といわれていましたが、「長州ファイブ」のほうが断然親しみやすさを感じますよね。この名の由来は、彼らが留学したロンドン大学にあります。そこに建つ顕彰碑には「Choshu-five」の文字。近年になってこのことが判明し、「長州ファイブ」としても映画化され、日本にも顕彰碑を!ということで5人のうちのひとり、山尾庸三の生家のある山口市秋穂二島に建てられました。幕末といえば坂本龍馬や西郷隆盛、長州藩では桂小五郎や高杉晋作が有名でしたが、その影に隠れていた5人もスポットライトを浴びたわけです。 では、彼らはそんな決死の覚悟までして、ロンドンで何をしてきたか?5名のうち、伊藤博文と井上馨は長州藩が外国の連合艦隊に攻撃されることを知り、すぐに帰国の途について講和担当役となりました。教科書などにも載っているので、その功労は比較的有名ですよね。 じゃあ、他の3名は?ロンドンのパブで貴婦人たちと遊んでたの?いえいえ、ちゃんと勉強してました。明治維新には関わらなかったものの、その後の日本の発展に、その勉強が大きく役立ちます。遠藤謹助は“造幣の父”。お金を刷る技術です。そして山尾庸三は“工学の父”。グラスゴーで造船技術を学び、のちの東京大学工学部にあたる工学寮を創立しました。 そして井上勝。彼が学んだのは鉄道技術です。日本初の鉄道となった新橋駅(品川駅)~横浜駅間の鉄道開通や東海道線などの開通事業で陣頭指揮を執りました。後年、“日本鉄道の父”とすら呼ばれるようになったほどです。ちょっと話がそれますが、牛乳などでおなじみの「小岩井」。これは岩手県に小岩井農場を作った3名の苗字を1文字づつとったもの。このうち「井」の字は他ならぬ井上勝の「井」なんです。
オススメのルートは、下関観光をした後に、駅弁「長州ファイブ」を買って、仙崎(萩方面)へ向かう山陰観光列車『みすゞ潮彩』号を利用。同列車は眺めの良い3箇所のビュースポットで列車が停まります。美しい風景をみながら駅弁を食べる・・・秋の旅行にはもってこいですよ! トラックバック
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