松阪の名を知らしめた、牛を連れての大行列 松阪駅・モー太郎弁当【後編】

すき焼き駅弁押しも押されぬ牛肉ブランド、松阪牛。しかしもともとは「但馬牛」であること、ご存知ですか?江戸時代、農耕のために紀州の地を踏んだ但馬牛。この地の温暖な気候も手伝い、牛の頭数は軒並み増えていったそうです。そして時代は明治に入り、文明開化の波が押し寄せます。食文化でいえば豚や牛などを食べる文化が普及していきました。中でも人気だったのは牛肉をネギ・豆腐などとともに鉄鍋で煮ながら食べる「牛鍋」です。

牛肉の需要が高まるなか、松阪の山路徳三郎なる人物が一計を案じます。松阪の牛を東京でも広めたい、その想いから、松阪から数十頭もの牛を引き連れ、徒歩で東京を目指しました。これが世に言うところの「牛追い道中」です。鉄道も使わず、クルマも普及していない時勢、徒歩での長旅は世間の注目を集め、牛鍋屋や社交場からの発注が相次ぎます。明治5年から始まった牛追い道中は、鉄道網がひとしきり整備された明治30年代に入るまで行なわれたそうです。今でこそブランド食材は多く世に出ていますが、今も昔も「人のやらないこと」を行い、インパクトを与えて有名にする、ということに変わりはありませんね。

そんな牛肉の食文化が広まる中で、駅弁「モー太郎弁当」を販売する「あら竹」さんが創業。明治28年のことです。以来、電車の中で駅弁を食べる楽しみを与え続けてくれています。駅弁の開けるとメロディが鳴る、という画期的なアイデアもさることながら、ある種のエンターテイメント性が「あら竹」さんの魅力のひとつ。その表れか、「あら竹」のホームページの充実度がスゴイんです!テレビ番組「タモリ倶楽部」に「モー太郎弁当」のオリジナルソングが紹介されたときのレポートなど、読み応え満点ですのでぜひ一度覗いてみてください。

◇「あら竹」さんのホームページ
http://www.ekiben-aratake.com/

すき焼き駅弁さて、これから夏を迎えるにあたり、松阪は賑やかなお祭りが目白押し。八雲神社、松阪神社、御厨神社から出る「三社みこし」が町を練り歩く松阪祇園祭をはじめ、さまざまなお祭りが催されます。また、戦国武将、蒲生氏郷が築いた松阪城跡や、この地で生まれた国学者、本居宣長の功績をまとめた本居宣長記念館など、歴史的史跡も豊富。江戸時代に誕生した伊勢商人にまつわる史跡も多々あり、“商業の街”としての顔も持ち合わせています。

さらに松阪は、知る人ぞ知る「廃線の地」でもあるんです。かつて松阪駅から櫛田川中流の大石駅までを三重電気鉄道松阪線が走っていましたが、現在はバスターミナルとして活躍し続ける駅舎や、線路の面影が残るあぜ道などが郊外に残っています。

夏に向けて松阪への旅、いかがでしょう。本場で美味しい牛肉が待ってますよ!


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