【週刊ノリスケ】 日本初のスキーリフト!

妙高SAに展示されている国内初のリフトすっかり冬になりましたね。冬の代表的なスポーツといえばスキーでしょう。歩くスキーというのもありますが、一般的なのは斜面を滑り降りるアルペンスキーでしょう。大昔のスキーは、斜面を何十分、何時間もかけて自力で登ったそうですが、第二次世界大戦の頃、欧米でスキー用のリフトが登場したそうです。

太平洋戦争後、日本に進駐したアメリカ軍は、軍人のレクリエーションのために、スキー用リフトの架設を命じました。これが日本で初めて登場したリフトで、札幌藻岩山と志賀高原丸池に設置されました。民間人向けの日本初のリフトは、1948年に草津温泉スキー場の天狗山ゲレンデに架設されたリフトと言われています。ただし、このリフトは運輸省の認可を受けた正式のリフトではなかったようです。草津温泉の近辺には、鉱山が多数あり、鉱石や資材を運ぶ貨物索道(かもつさくどう=いわゆる貨物専用のロープウェイです)が多数ありましたので、その技術を応用して架設されたのでしょう。

同じように貨物索道の技術を応用しての架設だと思われますが、旅客用として正式に運輸省の認可を受けたリフトが、1950年に登場しました。それが、妙高高原の池の平カヤバスキー場(現・池の平温泉スキー場)と赤倉温泉スキー場に架設されたリフトです。正式の認可という観点から、これを日本初のリフトと呼ぶことも多いです。つまり「日本初のリフト」と呼ばれるリフトは、全国に点在していたわけで、どれもそう呼ぶ根拠があります。

この中で、妙高高原に架設されたリフト(2本とも同形でした)の実物の搬器(ロープにぶら下がっている椅子の部分を専門的にこう呼びます)は、この写真のとおり、上信越自動車道妙高サービスエリアに展示されています。売店の2階が展示室で、あまり目立っていませんので気付かない方が多いのが残念です。

複製品ではなく、保管されていた本物を整備した展示物ですから、実に貴重な資料です。しかも、この手の展示物は「手を触れるな」などと注意書きがあることが多いですが、ここは「どうぞお座りいただき当時の風情を味わいください」とあるのが嬉しいです。

見ての通り二人乗りで、どうも板を履いたままでの乗車ではなく、板は座席横のラックに固定していたようです。今の高速リフトのように、停留場ではロープから離れる構造になっていたようで、意外と先進的な仕組みです。

掲示されていた説明によれば、一緒に乗ったのが縁で結婚したという手紙が1956年に来たそうで、二人乗りならではのエピソードですね。

実は、東京や名古屋方面から車で妙高高原に向うと、この手前の妙高高原インターチェンジが最寄になります。したがって、このサービスエリアはスキーのついでには寄りにくい場所なのですが、通る機会があれば、ぜひ立ち寄って、見学してください。

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