政宗公は料理の鉄人だった!?JR仙台駅・独眼竜政宗辨當【後編】

独眼竜政宗辨當ご飯も3つの味が楽しめ、おかずも多種多彩な「独眼竜政宗辨當」。個人的にこのなかで目を引き、舌を巻いたのは「味噌」です。しそで味噌を巻いた「しそ巻」。そして味噌が塗られた焼きおにぎり。風味豊かな仙台味噌のルーツを辿ると、伊達政宗の姿がみえてきます。

時は戦国、国盗りの世。いくさの勝敗を左右するのは武器であり、人であり、兵法であるといいますが、もうひとつ大きな要因は「兵糧」、つまり戦陣食です。人を攻めずに相手の食糧を絶つ「兵糧攻め」という言葉もあるように、文字通り「腹が減ってはいくさはできぬ」といえます。

戦陣食は各藩の産物によって微妙に異なりますが、基本はまず「米」、そして米を蒸して干した「干し飯(いい)」、「敵に塩を送る」のことわざにもなった「塩」、そして「味噌」でした。

政宗は戦中における味噌の重要性を理解した上で、城内に日本で初めてとなる味噌工場「御塩噌蔵(おえんそぐら)」を建設。そして秀吉が命じた朝鮮出兵の折、日持ちの悪い他藩の味噌が相次いで腐ってゆくなか、仙台藩の味噌は品質も味も劣化せず、「仙台の味噌は良い」と、もてはやされるようになったとのことです。なるほど、駅弁もある意味で「日持ち」は重要な要素ですから、味噌は駅弁にも適した食材といえるでしょう。ちなみに仙台味噌は別名「なめみそ」といわれています。これは、じかに舐められるマイルドな味ゆえの命名。そういえば、独眼竜政宗辨當の「しそ巻」も、仙台味噌ゆえマイルドで、えごみがありません。他の駅弁にもときおり「しそ巻」が入ってますが、その場合は大抵「辛っ!」となります。

独眼竜政宗辨當さて、太平の世であっても、政宗の食に対するこだわりは止みません。なんと武将でありながら、時には台所に立ち、調理を行い、自ら客のもとへ皿を運ぶこともあったとか。主人自ら「もてなす」ことを良しとしていたんですね。政宗の生活を記録した『政宗公御名語集』にも、朝夕の献立を熟慮する姿や、食に対する真摯な姿勢などが綴られています。また、砕いた枝豆に砂糖をまぶして餅に和えた「ずんだ餅」を発明したという説や、好物だったことからその名がついたといわれる「伊達巻」など、食のエピソードに事欠かないのも政宗公の特徴です。

そんな政宗公の想いを受け継いだかのような「独眼竜政宗辨當」。単に、仙台名物をテンコ盛りにした幕の内にしちゃえ!という発想であれば、ここに牛タンが入っていたかもしれません。でも仙台で牛タンが料理されるようになるのは太平洋戦争後の話。なるほど、政宗公の名を語る以上、ここに牛タンがないのは理に叶っていて、逆に潔さを感じますね(牛肉の甘辛煮はありますが・・)。仙台にお立ち寄りの際は、ぜひご賞味ください。


トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://ekispablog.jp/cmt/mt-tb.cgi/744