15代将軍徳川慶喜も首ったけ!!JR出水駅・かごんま黒ぶた弁当【後編】

かごんま黒ぶた弁当鹿児島黒豚のルーツは今からおよそ400年ほど前。薩摩藩主島津家久の時代に琉球から渡ってきたといわれています。薩摩では藩邸で食用のために豚を飼育するなど、先駆けて豚を食していましたが、ご存知のように明治以前の日本人は基本的に肉食の習慣はありませんでした。しかし「お偉いさん」は例外です。水戸藩主の徳川斎昭は「いかにも珍味、滋味あり、コクあり、なによりも精がつく」と黒豚を絶賛。さらに15代将軍徳川慶喜は、一橋公を名乗っていた時代に薩摩藩へ豚をねだること再三、その挙句「豚一殿」というありがたくないアダ名までつけられていたというエピソードがあります。ちなみに西郷どんも豚肉好きだったそうですよ。

その後、明治になると畜産試験場が鹿児島の地に生まれ、昭和にかけて飼育・改良が行われていきました。一度に産む数の少なさと飼育に時間がかかることから、一時期は飼育を躊躇する畜産家も増え、絶滅の危機に瀕したこともあったそうですが、研究と改良、そして地域ぐるみでPRを図り、推しも推されぬブランドが確立したというわけです。

かごんま黒ぶた弁当「かごんま黒ぶた弁当」はJR出水駅、新幹線改札の向かいにある観光特産品館「飛来里(ひらり)」内で購入できます。ちなみに旧出水駅は現在、肥薩おれんじ鉄道の出水駅として活躍中。しかも駅構内には「かごんま黒ぶた弁当」の製造元である松栄軒の工場が入っています。駅弁が駅舎の中で作られているなんて、なんとも面白いですよね。

ここで出水について少し説明しましょう。出水駅のある鹿児島県出水市は2006年3月に旧高尾野町、旧野田町が合併して生まれた新しい街。しかし歴史は古く、国の重要伝統的建造物群に指定されている武家屋敷群があります。江戸時代、薩摩藩は武士の人数が多く、戦の強い「軍事大国」でした。出水の地は、薩摩藩の「北の国境」といえます。武士が多く集まり、武家屋敷群が生まれたのです。

さらに出水は、日本有数の「鶴の越冬地」。10月になると1万羽を超える鶴がやってきて、3月末にはシベリアへ帰っていきます。鶴を観察できる「ツル観察センター」は3月末まで開館していますが、今の時期ですとほとんどの鶴は帰行済みのようです。お出かけ前には「クレインパークいずみ(0996-63-8915)」に北帰行情報を問い合わせてから出かけましょう。ちなみに「クレインパークいずみ」は様々な展示物やパネル、映像などを通じて一年中、鶴について知ることができる博物館です。

ともあれ出水駅は、鹿児島中央駅へもJR新幹線でわずか25分。駅弁に舌鼓を打ちつつ、桜島や温泉など「かごんま」を満喫しに行ってみてはいかがですか?


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