『鯨カツ弁当』は2005年から発売されている新しい駅弁です。でも長崎と鯨の深~い関係は、はるか弥生時代にまでさかのぼります。
九州の遺跡や貝塚などで、ときおり土器の底面にでこぼこした模様がついたものが出土します。これは「鯨底土器」と呼ばれるもの。その土器を作る際、鯨の背骨を台にして作ったため、脊椎特有の模様が底につく、というわけです。この土器が作られたのは縄文時代。そして長崎県・壱岐の原遺跡から出土した瓶状の棺には、捕鯨の様子が画として刻まれていました。これが弥生時代のものといわれています。
その後、日本人の貴重なタンパク源として尊ばれてきた鯨。「鯨一頭で七浦が潤う」という言葉の通り、多くの人の生活を支えてきました。「福を運ぶ」という伝承もあることから、長崎では正月料理に鯨を使うことも一般化されていました。鯨料理を重箱に詰めたおせち、すわなち「鯨重」です。その他、雑煮などにもあしらわれていました。
そんな「鯨=めでたい」という構図からか、鯨は長崎の祭事にも登場します。江戸中期に始まった伝統的な祭り「長崎くんち」。その奉納踊りのひとつに、長崎市万屋町の「鯨の潮吹き」や小ケ倉町の「鯨舟」など、鯨がモチーフになった踊りがあります。「鯨の潮吹き」では大きな鯨の山車が登場し、玄界灘の鯨と捕鯨のさまを表現します。
『鯨カツ弁当』のパッケージには歌川国芳の勇壮な浮世絵「宮本武蔵と巨鯨」が描かれています(復刻/立原戌基)。かつて肥前の国を訪れた武蔵が、海に出て鯨と格闘したという伝説にちなんだ作品です。鯨に乗っている武蔵は、兜とか邪魔そうだな・・・という無粋な感想はさておき、長崎には他にも鯨にまつわる伝説が多々遺されています。
さて、現在はご存知のとおり、商業捕鯨は禁止されています。『鯨カツ弁当』をはじめ、現在食されている鯨料理は、生態を調べる「調査捕鯨」として捕られたものです。しかしながら、長い年月をかけて培われた「鯨を食す」という文化、ぜひとも駅弁のチカラで広く再認識されることを望みたいと思います。ぜひ一度、ご賞味あれ!